2009年4月8日水曜日

消えた?南蛮下士官軍

 昨日は中級の山崎大戦を終わり、上級の岩崎の反乱軍まで進みました。半兵衛が義昭に1回だけ単騎駆を仕掛けて混乱させたらそのままあっという間に義昭軍は壊滅してしまいました…妙にあっけなかった。よほど回りの雑賀孫一や細川藤孝、荒木村重のほうがしぶとかった…孫一には忍術系をかけられましたが、すでに残り少なかったので家康とバシバシたたいて壊滅させました。今回はとにかくできるところまでCPUに任せてみたかったので、多少の負傷者を気にせず進めなければなりませんでした。秀吉のほうはアマリアと二手に分かれてアマリアは時計回りに、秀吉は半兵衛とともに反時計回りに最初のエリアを攻略。何をやっていたのかこの時点で半分くらい兵を減らしていた秀吉…。アマリアはほとんど負傷者を出さずに進めておりました。柵のところで時々バグるというか、とまらずに左右に駆け回ることがありますよね…それがおきていたのではと思われますが、そのころは信長たちを手動で三好三人衆に当たらせていたので確認は取れていません。今回はどこも、撃破のめどがついたところで手動操作する部隊を切り替えるということをしましたが、やはり信長は使えなかったようで、村重のところで信長が兵をあまり減らさない代わりに、一緒に進ませていた利家がぼろぼろに。まともに戦っていたら兵がもう少し減るはずなのに、逃げては近づきをまたやっていたものと…。藤孝のところは、手動にしてもなかなかうまい攻略ができないので、CPUに任せてみました。氏郷が指定した敵を倒したあとボーっと突っ立っていたようで、藤孝に撃たれまくって兵を減らしている気配でしたが、頼れる援軍家康たちのおかげでここも何とか行きました。何だかんだで結局負傷兵士数は33817人で86点、時間は16分41秒で96点、あとは100点満点だったので今までの最高得点で終了しました。ただし今回の方法は上級では使えないかもしれません…下手するとどこかが壊滅して敗北するかも…
 で、今回不思議だったのが、秀吉・半兵衛・アマリア組のところ。いつもは二股の左側をアマリアに、右側を秀吉に行かせ、それぞれ半兵衛を走らせて弓で敵軍を倒すという方法で行っているのですが、昨日は秀吉があまりに兵を減らしたために回復アイテムのある左側に秀吉を行かせました。ここは銃兵の下士官と騎馬のボナベンツラがいるわけですが、昨日はこのボナベンツラをたおしたら下士官が自動的に消えました。同時に右側にいた下士官(これも銃兵)も消えました。今までは先に右側を倒していたのでこういうことはなかったのですが…中級独特なのか、今後確認する必要のあるポイントでした。